シルバーメタリックな恋人 4

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     『あの~~』


沈黙の中に、いきなり久野さんの声がして、
私は飛び上がるほど驚いた。
自分の神経がこのドクターに集中していたのだと気づかされる。


     『診察中すみません。
      先生、竹中さんが昨日の件で返事をと・・・』


「あ、ちょっとだけ電話に出させてください。すみません。
 すぐ戻ります。」


そう言って立ち上がった拍子にテーブルから1枚だけ書類が落ちた。
彼は、ヒラヒラと部屋の隅に着地したそれを拾おうとしゃがみ込んだ。

 

「・・・!!・・・」

 

私は、知ってた。

この人とそっくりなしぐさで、

大切なものの前にしゃがみ込む男を。

 


うそ・・・なんで・・・

 


     なんで?・・・なんで?なんで?


        なんで!!

 

 


息をするのを忘れてたみたいだ。

あわててなんども小刻みに吸って吐いた。

 


どういうこと?・・・

 

 

今度は大きく息を吸って吐いた。

でも、落ち着くことなんてできない。

 

電話を終えてその人が元の椅子に座ると
私は彼の全てをもう一度見直した。


そして、ひとつひとつに納得してしまう。


奥二重の切れ長の目、高い鼻、
つるんとした頬、シャープな顎のライン・・・


素顔になってはじめて、唇が思いのほか厚いことがわかった。
それが顔全体に柔らかな印象をもたらすことも。


眼鏡を取ればもっとはっきり合点がいくはずの輪郭。

そして、肩から首筋のライン。

立ち上がった時の、すっと伸びた背筋もそうだった。


一旦そうだとわかると、
パチンと填るパズルのピースのように、
狂いなく重なる指紋の照合のように、
それは私の中で揺るぎない確信を作っていく。

 

でも・・・

 

なんで?・・・なんで?・・・


     
    なんでよ・・・

 


私はポーカーフェイスを保てているはず。
椅子にすっぽり体を預けて。
でも、胸の中は沸騰寸前だ。


嬉しいのか悲しいのか悔しいのかわからない。
叫び出しそうで怖い。

 

でも・・・なんて叫ぶの?

 

「失礼しました。
さて、続きですが・・・
名前も知らないその方は・・・」

 

しらじらしく尋ねるその唇を見て、次に目を見た。
こんなに澄んできれいな目が、今お芝居をしてるのね。

 

挑むようにみつめる私を、彼は平気で見つめ返す。

なんでもないことのように。
ただ患者を診るように?


そう、私は、ただの患者だものね。


だからこんなふうに柔らかく、
私の視線を受け止められる。

 


もっとあわててほしいのにな。

もっと怯んで、もっとうろたえて、
もっと困ってほしいのに。

 

ずるいね、ドクター。

 

「仕事も知りません。
ほんとはどんな人なのか全然わかりません。
素顔も知らないんです。
だから、街ですれ違っても、
気づくことはできないんじゃないかな。」


「・・そうなんですか・・・」

 

熱心にメモを取っている手がきれいだ。
この手が、あの日私とももこちゃんを抱えていたんだな。

 


やっぱり・・・ずるいな。

 


「手も見たことないし・・・いつも手袋してたから。
声だって聞いたことないんです。
ひとことも話さなかったから。」

 

「そうですか。」

 


あぁ・・・

 


ねえ、もう、やめない?


私、バカみたいだわ。


もちろん、あなたもね。

 

 

「でも・・・」


「はい。」


「先生のような声じゃないかと思います。」


「・・・え?・・」


「手は、先生のような手じゃないかと思います。」


「・・・・」


「笑った時の、口の形も歯並びも、頬も、
三日月みたいな目も・・・・ぜんぶ・・・
きっと先生みたいだと思います。」

 

「・・・・」

 

口を少しだけ開けて、彼がじっと私を見ている。

 

 


もっとうろたえて。

もっと困って。

 

 


「今日は、これで帰っていいですか?」

「え?・・・」

 

「せっかくお医者さんに診てもらったのに、効果がなかったみたい。
もっと眠れなくなりそうです。
眠りたいのに。」


「あ・・・それは残念です。
でも、僕は・・・いや、初診としてはまだ・・・
もう少しお話を伺いたいです。」


「・・・・」


「もう少し、話しませんか?」

 


少しだけ、あなたは慌ててる?

私は、慌ててる。

少しじゃない。
胸が爆発しそうなほど。

 


「私・・・
ちょっと混乱していて、
このままいたら何を言うかわかりません。」

 


「・・・・」

「・・・・」

 


「なんでも・・・聞きます・・・」


「叫んじゃうかもしれません。」


「かまいません。」


「すっごく怒っちゃうかも。」


「怒ってください。大丈夫です。」

 


こんなの変よ、とても。

変よね、絶対。

 


あなたなんて、

ずるくて、変で、うそつきで・・・

 


「わぁーわぁー泣きわめくかも。」


「はは。どうぞ。」

 

 

なんで笑うの?

なんで笑うのよ・・・

ちっともおかしくなんかない!!

 


急にこみ上げた怒りが顔にくっきり浮かんだと思う。

彼はまた表情を引き締めた。

 

ドクターが、こんなにわかりやすくていいの?

でも、私はもっとわかりやすいわね。

怒って拗ねて、帰ろうとしているんだもの。

 


そう、私、すっごく怒って拗ねてるのよ。

わかってるの?!

 

 

「私のほうに、まだその準備ができないようです。」

 

ほんとに、今は無理だ。

 


「その準備は・・・いつできるでしょうか。」


「・・・・・」


「今、もう少しだけ、話しませんか?」

 


あなたは、こんなふうに優しい声で問いかける人なのね。

テーブルに置いた両手に力がこもって、
浮き出た血管がちょっとセクシーだな。

なんて・・・・


こんな時なのに、彼の手の甲をみつめた。

この手だったんだな。あの時の・・・

 

 

「1週間あれば。」


「・・・1週間・・・」


「そしたら私、準備できます。」


「そうですか。
じゃあ、また来週のこの時間、どうですか?」


「はい。」

 

立ち上がると、イスが音もなくスムーズに後ろに移動して、
帰ろうとする私を、少しもひきとめてはくれなかった。


そしたら、急に帰りたくなくなった。
いや、はじめから、帰りたくなんてなかったんだ、きっと。

 


バカだな。


あなたもバカだけど。

 

 


診察室を出る間際、思わず出た言葉に、
一番驚いたのは私自身だ。

 

「いなくなったりしませんか?」


「え?・・・」


「予告なく、消えちゃったりしませんか?」

 

ドクターは、小さく息を吐いて、
怖いくらいじっと私を見て、
静かに言った。

 

「はい。消えたりしません。」


「・・・・」

 

泣きそうになる自分が悔しかった。
そして、ここで帰らなきゃいけない自分がもっと悲しかった。

 

「消えたりしません。
あなたを待っています。
この半年の間、ずっとそうしてきたように。」

 

「・・!!・・・」

 

まっすぐな視線に射すくめられて、また息が止まりそうになる。

耐えられなくて目をそらしてしまった。

そしてそのまま逃げるように診察室を出た。


受付で慌てて呼び止める久野さんを無視して出ていき、
ずっと律儀にそこで私を待っていたエレベーターに飛び込んだ。

 

 

エレベーターが動き出すとホッとした。

四角い箱の中で、ボーッとして、

 


“これって、無銭飲食ならぬ、無銭受診?

捕まるのかな・・・ふふ・・

あ、私ってば、これからの1週間、保険証なしだわ・・・”

 


浮かんできたのは、

そんなこと。

 

 

 


気づくと、部屋に帰り着いていた。

あの日彼から手渡された花が、
いつものようにおどけたカラフルさで迎えてくれたけど、
今日はなんだか近づきたくない。


イライラとテーブルの周りを歩き回り、
結局クッションを抱えて部屋の隅に座り込んだ。


テーブルの中央の優しい花をにらみつける。

 


「なんでなの?」


花に問いかけてもしかたがない。

 


「ちゃんと説明してよ。」


説明させずに逃げ帰ったのは私。

 

 

 

 

「ねえ・・・

  一週間ってさ・・・

      長いよね・・・」

 

 

 

 


 

8 Comments

  1. 始めまして
     
    ネット彷徨ってたどり着きました。
    心惹かれるお話しですね
    この後、メタリックな彼の心が語られるのでしょうか
    更新が待ち遠しいです。

  2. ド壺祭り継続ちう~♪
    今まで、携帯からレスしてて、引用できなかったので~
    >私はつくづく美しい人の横顔を見るのが好きだと実感する。
    me too!
    >奥二重の切れ長の目、高い鼻、
    >つるんとした頬、シャープな顎のライン・・・
    >消えたりしません。
    >あなたを待っています。
    今日のワンポイントはんぐんまる~←すみません、、、
    기다릴께요!!!

  3. 銀色の時から、彼女の顔も声も知ってるし、
    で、銀色じゃ無くかってからの半年間も、彼女をずーっと待ってたんですよね。往生際が悪く。
    >ずるいなぁ。
    >もっとうろたえて、、もっと困って。
    でも思いがけず、彼女が訪ねて来た時点で、覚悟を決めて、何もかも話そうとしてたんですよね?
    嬉しくなってか、笑っちゃってるし・・・。
    彼!と気づいてからの彼女の心の叫びに、彼も気づきましたよね。
    >予告なく、消えちゃったりしませんか?
    キュンと来ました。

  4. ジプシーさん
    はじめまして!
    dalへようこそ♪
    彷徨ってたどりついてくださったのですね。
    ここはゆる~く楽しくやっています。
    遊んでってください。
    あちこちの部屋をドアをパタパタ開けてみてもらえたらうれしいです。
    楽しくすごしてくださいね(*^_^*)
    コメントありがとうございます。
    >この後、メタリックな彼の心が語られるのでしょうか
    はい、次回に語られます。
    楽しみにしてもらえたらうれしいです。
    よろしく!

  5. rzちゃん
    >ド壺祭り継続ちう~♪
    これ・・ド壺祭りって言うの?(^^;)
    >>私はつくづく美しい人の横顔を見るのが好きだと実感する。
    >me too!
    やっぱりそうですか。rzちゃんもですか。
    知っていましたが(笑)
    >奥二重の切れ長の目、高い鼻、
    >つるんとした頬、シャープな顎のライン・・・
    >消えたりしません。
    >あなたを待っています。
    このあたりにツボッてくださったのですね。
    うれしいなぁ♪
    >今日のワンポイントはんぐんまる~←すみません、、、
    わはは~~~!!
    はい、どうぞ!!
    >기다릴께요!!!
     キダリrケヨ
     待っています
    おぉ~! おぬし、できるな?!

  6. yuusaiさん
    コメントくださってありがとう~~!!
    >銀色の時から、彼女の顔も声も知ってるし、
    で、銀色じゃ無くかってからの半年間も、彼女をずーっと待ってたんですよね。往生際が悪く。
    yuusaiさん、私がわかりにくい表現しててごめんね。
    「銀色じゃなくてなってからの半年」じゃなくて、
    銀色で初めて遭ってから毎週その銀色に会いに来てくれる彼女をずっと待っていたってことなんです。
    パフォーマンスしていた半年間、彼女が見に来てくれると彼はうれしかったらしいのです(*^m^*)
    んで、彼女が来てくれない夜は「今日は来てくれなかったな・・・」
    って思ってたようです。
    そして、銀色じゃなくなってからもずっとあそこから見ていたってことですよね。
    ほんと、はっきり言って往生際悪い!ですよね。
    早くなんとかせえよ!ってところです(^^;)
    >でも思いがけず、彼女が訪ねて来た時点で、覚悟を決めて、何もかも話そうとしてたんですよね?
    嬉しくなってか、笑っちゃってるし・・・。
    そうなんですよね。
    でも、さっさと話さないから帰っちゃうんだよ!
    >彼!と気づいてからの彼女の心の叫びに、彼も気づきましたよね。
    はい。だったらさっさと言えばいいのにね。
    もしかして、ヘタレちゃんなのでしょうか・・・
    >>予告なく、消えちゃったりしませんか?
    >キュンと来ました。
    うふ、キュンとしてもらえて嬉しいな♪

  7. 某所で読んだこのお話、バックが確か黒シャツの横顔の彼で
    そのお顔もろとも好きだったのです~~^^
    こちらにUPされて嬉しいです♪
     (それにちょっと書き足しがあるし・・ムフフ^^)
    「あの彼!」と分かってからの彼女の心模様がなんとも好きで
    一緒にドキドキし、なんで~?と拗ね、「胸が爆発しそう」と
    言う彼女に「そうだ、そうだ!!」と声をあげています^^;;
     >奥二重の切れ長の目、高い鼻、
      つるんとした頬、シャープな顎のライン・・・
    これ、即脳内変換しちゃいますよね~!
    先生と彼女との思いを、短い会話で的確に紡いでいく
    シータさんの文章って、ホント、好きです!!(^^)
    次回は彼が想いを語れるのですね、待っています~

  8. hiroさん
    コメントくださってありがとうございます!!
    >某所で読んだこのお話、バックが確か黒シャツの横顔の彼で
    そのお顔もろとも好きだったのです~~^^
    はい、あの横顔、私のリクエストだったんです。
    あちらでも読んでくださりありがとうございます!
    >こちらにUPされて嬉しいです♪
     (それにちょっと書き足しがあるし・・ムフフ^^)
    はい、もともと長い1話の話を書き足して分けています。
    >「あの彼!」と分かってからの彼女の心模様がなんとも好きで
    一緒にドキドキし、なんで~?と拗ね、「胸が爆発しそう」と
    言う彼女に「そうだ、そうだ!!」と声をあげています^^;;
    彼女の心情を支持してくださってありがと~~!
    一緒に拗ねて、一緒に怒ってやってください!
    >先生と彼女との思いを、短い会話で的確に紡いでいく
    シータさんの文章って、ホント、好きです!!(^^)
    次回は彼が想いを語れるのですね、待っています~
    わぁ、ありがとうございます!
    うれしいです。
    次回は・・・彼の思い・・・もう知ってるよね(*^_^*)
    そこはそんなに増えてはいませんから。は、恐縮です。

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