シルバーメタリックな恋人 3

silvermetaricup3.jpg

 

 

 

習慣というのはなかなか変えられない。
というより、まだ期待しているのだ。

「もしかしたら・・・もしかしたら・・・」と、毎週。


彼がそこにいなくなってから1ヶ月め、
いい加減に諦めればいいのに。

驚くことに、今日までの私のささやかな恋愛経験の中で、
今回が一番諦めが悪かった。

いっそ彼の正体を知ってしまえば、かえって諦めがついたかもしれない。


どこかのパフォーマーのユニオンに所属していたら、
そのHPにポーズをとった写真なんかが載っていたりしただろう。

ついでにプロフィールに
『妻と子ども2人』なんて書いてあったら・・・
もしかして今の私は、
ショックというよりよりもホッとするのかもしれない。


「これで終われる。」

そう思うのかもしれない。


でも、こんなにたくさんの人が関心を寄せているのに、
誰も彼の個人情報にたどり着くことはできない。
そしてそのことが、私をいつまでも同じ場所に留まらせていた。


どこにも所属していないということは、
それを生業としている人ではなかったのだろうか。

幻みたいだった。
この場所での全部が夢だったのかもしれないと思えるほどに。

ドラマチックだった時間がだんだんに現実味を失い、
彼との記憶に自信を持てなくなっていく自分が悲しかった。

夢だったなら、夢の中に会いに来てほしかった。
なのに全然出て来てはくれない。

浅い眠りで苦しい夢ばかり見て、
このところずっと睡眠不足だ。

 

疲れていた。

 

“あなたのせいで、私の肌はボロボロよ。”

“もしかして、ほんとに月に帰ってしまったの?”


小さな声で呟く独り言が、
今は習慣になってしまった。

 


縁石に腰掛けたままボーっとしていると、
道の向かい側のビルに大きく「不眠外来」と書かれた看板がある。
3階がクリニックらしい。


“ふ~ん、眠れないだけでお医者にかかるって、ありなの?・・・”


看板が私を誘っていた。
朝までぐっすり眠れるって、すごく魅力的なことだ。


“いいかも・・・”


呟いてすぐ立ち上がって横断歩道に向かった。
自分の決断の早さに少し驚きながら。

この状況を変えたいという思いは、
ちょっとせっぱ詰まっていた。

 

 


1階に高級そうな呉服店が入ったスタイリッシュなビルだった。
渋い光沢を見せる立派な紬がディスプレイされ、
閉店後も夜の街に堂々と気高く裾を広げていた。

 

3階でエレベーターを降りると、
その場所全体が、シンプルだけど暖かみのある玄関アプローチのようになっている。


“これが病院?・・・”


カントリー風の寄せ木の扉を思い切って開けると、
カウンターの向こうの50代くらいの女性と目が合った。

一瞬の沈黙のあと、女性はとても柔らかに微笑んだ。


「こんばんわ。」

「あの、初めてなんですが。」


その女性の微笑みはさらにUPした。

しかし・・・


「あぁ、申し訳ありません。こちらは完全予約制をとっておりまして・・・」

「え?・・・」

そのウェルカムな微笑みとは真逆な答えでうろたえたが、
そこまで聞いたところで、奥の扉が荒々しくバタンと開いた。


逆光になって顔は見えなかったけど、
背が高いシルエット。
白衣は着ていないようだった。


「久野さん、かまわないから入ってもらって。
ちょうど今の時間予約がないから、どうぞ。
そっちのドアから。」


「え?・・でも先生、
この時間は予約いれないでって・・・」

「いいんだ。」

 

どうしたものかと立ったままの私に、

「あ、失礼しました。
それでは保険証を・・・」

“久野さん”は、慌ててまたニコニコ顔に戻った。

 


診察室もまた病院っぽさがまるでなかった。


病院っぽくはないけど生活感もない。
どこかのハウスメーカーのモデルハウスに、
こんな書斎がありそうだ。


「やあ、こんばんわ。」


驚いた。あまりにハンサムで。


端正な顔にめがねをかけていた。
ブラウンの小振りなフレームが、
全体に柔らかな印象を与えているようだ。

カットソーにチノパン、スニーカー。
開業医ってこんな格好でいいのか?・・・

 

「不眠の症状でいらっしゃいましたか?」

声もよかった。

「はい。」


「じゃあ、まずこの問診票に記入してください。」

こまかなチェック項目がたくさんある用紙を渡された。

 


■夜は・・・

・寝付きが悪い
   ーーわけじゃないな。

・夜中に何度も目がさめる
   ーーそうそう。

・眠りが浅いと感じる
   ーー感じる。

・早朝に目が覚める
   ーーうんうん。


■もともとの私の眠りは・・

いびき、歯ぎしり、寝言、金縛り、寝相の悪さ、浅い眠り、早起き・・・
   ーーほとんどあてはまる気がする。

寝ている時にふくらはぎがむずむず・・・
   ーーそれはない。


■昼間は・・・

・だるくてやる気が出ない
   ーーそうでもない。

・つい居眠りしてしまう
   ーー電車の中では。

・つい不眠のことを考えてしまう
   ーー考えはじめたのはついさっき、ここの看板を見てからだ。

・コーヒーやお茶などをよく飲む。
   ーー大好きだ。

 

ひとつひとつ考えて真剣に書き込んでいると、

「飲み物を出したいのですが、
ほうじ茶、煎茶、カモミールティー、
その中に好きなものはありますか?
コーヒーはありません。
あとは・・・ミネラルウォーターか冷たい麦茶です。」


お茶が出る病院なんてあるの?
しかも全部ドクターがサーブしてくれる。


「あの・・・
じゃあ、カモミールティーで。」

「了解です。」


そう言うドクターと目が合った。
口角がきゅっとあがって、
きれいな笑顔だと思った。

 

そしたら、なんでか・・・
急に泣きそうな気分になった。

 


なんで・・・

 

 

カモミールのいい香りが漂ってきた。


こんなハンサムなドクターが自らお茶を淹れてくれるなんて。
ほとんど衝動的に門を叩いたクリニック。
正解だったかな。


そう思いながら見惚れていた。
私はつくづく美しい人の横顔を見るのが好きだと実感する。


でも・・・
なんでだか、泣きそうになるのだ。


ドクターを見るたびに、
いちいち私は驚いたような気分になって目をそらす。

でも、気づくとまたドクターをみつめていた。

 


なみなみとマグカップに淹れられたカモミールティー、
差し出される時の指がとてもきれいだ。


「自分の手が大きいからかな。
リラックスするための飲み物は
大きなカップで飲みたくて。
量が多いので、もし飲みきれなかったら、
残してくださってかまいません。」


「はい。」


私もマグカップが好きだ。
両手で包んで飲むのが好き。


二人でカモミールティーをすするところから診察が始まった。
これを診察と呼ぶなら。

 

二人の間には、大ぶりなテーブルがある。、
形は勾玉のような雨の滴のような、不思議な曲線を描いている。
だから向かい合ってるような、斜交いのような、
二人の位置は微妙だ。


椅子は柔らかな布貼りで肘当てがある。
もたれると背中が気持ちいい。

すっぽりと椅子におさまってマグカップをすすっていると、
誰かのうちのリビングでくつろいでいるような気分になる。

 

「眠れなくなったのはいつからですか?」


「2~3週間くらい前からです。」


「そうですか。
どんな状態ですか?」


「夜はすごく眠くて、ベッドに入るとすぐに眠れるんですが、
夜のうちに何度も目が覚めてしまいます。」


「その後は?」


「だいたい1時間か2時間ごとに目が覚めて、
5時にはもう起き出してしまいます。」


「そうですか。その時の目覚めはどうですか?」


病院で、ドクターがメモをとる手をじっと見るなんて初めてだ。


「気分は悪くありません。
早朝に起きるといろいろ用を済ませることができるし、悪くはないと思っています。
でも、午後からの仕事がきつい時があります。
たまにどうにも眠くなってしまうこともあるし。
夜になるとやっぱりとても疲れを感じます。」


「仕事中で眠い時にはどうしますか?」


「給湯室の奥のテーブルで5分ほど眠ると元に戻ります。」


「5分でいいのですか?」


「ええ、5分です。」


「それ以上は?」


「ないです。アラームをかけるので。」


「アラームって、携帯の?」


「はい。」


「そうですか。」


5分以上は絶対に寝ないと誓っている。


「アラームが鳴ると、ちゃんと起きることができますか?」


「はい。ほんの少し眠るだけで復活します。
それに、それ以上は寝ていられませんし。
緊張感もありますし。」


「そうですか。職場では、いつも緊張している状態ですか?」


「緊張してるというか、ええ、仕事場なので・・・」


「そうですよね。
それは仕事に緊張感を持って集中してるということですか?
それとも、なにか人間関係に緊張を感じることがあるとか?」


「人間関係は特に・・・良好です。
むしろ私のほうが緊張を与えてる側かもしれません。」


「誰に対して?」


「え?・・・えっと・・・みんなに。」


「それは、部下に?」


「というか・・・部長にも。」


「それは、部長もあなたには頭が上がらないという、
そういうニュアンスの?」


「はい、うふふ、たぶん。」


「あは。そうですか。それは素敵ですね。」


なんだろう。
これが診察?


「眠れなくなったのは2~3週間前とおっしゃいましたね。
なにか身辺に変化がありましたか?」


「ありました。」


「そうですか。それが何か、聞いてもかまいませんか?」


「はい。1ヶ月前に・・・」


「・・・・1ヶ月前に?・・・」


「好きな人が、いなくなっちゃいました。」


「・・・そうですか。」


「はい。」

 


誰かのうちのリビングみたいな診察室でくつろいで、
カモミールティーを飲みながら、
愚痴や泣き言を聞くプロを相手に、
ポロポロとつい本音をこぼすのも悪くないな。

 

でも・・・
ちょっとやっぱり変なのだ。

 

「いなくなっちゃったというと・・・」

「・・・えぇ・・」

 

ほら・・・

 

「それは、物理的に?」

「そうです。物理的に。」

「そうですか。」

 

なんで?・・・ほら・・・

この目?

   この頬?

 

「・・・・」

「・・・・」

 

胸が苦しいような、

泣きそうな気分になるのはなんでだろう。

 


「死んじゃったのではありません。
ただ会えなくなっちゃっただけで。」

「そうですか。」


「その人の、名前も知らないんです。」

「名前も・・・」

 

「・・・・・」

「・・・・・」

 


「なんにも、知らないんです。
今どき、おかしいですよね。こんなことって。」


「いえ・・・」

 

 

この・・・

    鼻?・・・

 

 

 

 

 

4 Comments

  1. どツボでふーーーーーーー!!!!!!!!!!
    シータさん、あたしの為に書いてますねっ!!!
    ↑あ、錯乱してるだけです~すみません~(人><。)

  2. rzちゃん
    こういうストレートで楽しいコメント、いつも嬉しいです♪
    ありがとです!
    >どツボでふーーーーーーー!!!!!!!!!!
    シータさん、あたしの為に書いてますねっ!!!
    はい。あなたの為に書いてるわ!
    もっと錯乱してちょうだい!励みになるます!(^o^)(^o^)(^o^)

  3. えーっ?!私の為にも書いてくださいよ~!!
    諦められずにウジウジと、同じ場所に留まって、心が弱くなってる感じがとってもよくわかります。
    そんな時、目や口、手・・・鼻!
    心の中で何かを感じて、思わず涙が出そうになる感じもよーくわかります。
    私も錯乱しそうです。

  4. yuusaiさん
    コメントありがとです!!
    >えーっ?!私の為にも書いてくださいよ~!!
    わぁ~~~!!
    yuusaiさん、そんなふうに言ってもらえてマジでうれしいなあ♪
    もちろん、あなたのために書いています!!
    ・・・って、私ってば八方美人? おほほ(^^;)
    頑張って書くからゆるしてくださいm(_ _)m
    >私も錯乱しそうです。
    おう!
    「みんなで錯乱すれば怖くない!」です(^_-)

Leave a Reply

Your email address will not be published.


*