丘の上の純情  秋霖の章 4

 

 

 

 

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「こら。
いい加減に機嫌なおせよ。」

湯を弾いてショーゴの顔にかけてみる。

「や~め~ろ!」

「うりゃ・・」

「だから、やめろってば!」

ようやく正面切って怒ったショウゴが
両手を使ってドバドバと俺の顔に湯をかけてきた。
そしてふたり、また湯だってしまった。

フローリングのひんやり感を求めて並んで寝ころぶ。

3日前のことを拗ねてるのはわかっていた。

「だけど、なんであの時、
僕だけ部屋に上がってろって言われたんだよ。」

「それはお父さんに聞けよ。」

「父さん、『大人の話だったからだ』とか、
『ショウゴがもう少し大きくなったらちゃんと話すからな』とか、
そういうことばっか言って全然教えてくんねえ。」

「そうか、お父さんにそう言われたんなら、
大きくなるまで待つんだな。」

「なんだよ、カキセンまで。
ケチ!!」

「ヒロねえはなんて言ってるんだ?」

「覚えてないんだって。」

「は?」

「記憶がないんだって。」

「あ・・・そう・・なのか・・・」

「ねえ、カキセン。
ヒロねえとどこ行ったんだよ。」

「だから、俺はお父さんがお前に話をされてから言う。
それが順番だからな。」

「なんだよもう。みんな秘密にして。
なんだよもう・・・
僕だけ知らないなんて、最低だ。
絶対真相を暴いてやる。」

「・・・・」

「カキセン、ヒロねえとコイビトになるのか?」

「は?・・・」

「ふられたばっかりだって言ったくせに。」

「はぁ?・・・」

「ごまかしてもダメだからな。」

「オイオイ・・・・」

「ヒロねえと結婚したいのか?」

「ショウゴ・・・」

「なんだよ。」

「今日は分数はやめて特別授業にする。
テーマは“恋愛”だ。」

「レンアイ?」

そうだ、ショウゴ。
君のねえさんとそのお母さんの話をするのは、
まだもう少しあとがいいと俺も思うよ。

君の背が・・・

そうだな、あの本棚を超える頃かな。

ーーーーーーーーーーーーー

あの夜・・・
たったナマチュー半分でふらふらになった彼女を
タクシーで連れて帰った。

俺からの連絡で待ちかまえていた家族は総出の出迎えだった。

タクシーを降りたとたんにヘナヘナと倒れ込んだ彼女を抱き上げた。

そのまま玄関への敷石を進む俺の前と後ろに家族が連なり、
へんな行列状態だった。

ソファに倒れ込んだ彼女をそのままに、
俺はダイニングテーブルに促された。

ショウゴは、やさしい父親がいつもと違う声の調子で
「ちょっと大人だけで話さなきゃいけない。
部屋に上がっていなさい。」

と言うのを聞いた。

こわばった顔で、なにも言わずに従った。

大人3人に囲まれるようにして、
今日の報告をするはめになった俺は、
彼女が前夜三人に話していたことを知った。
日本に帰って来てからのお母さんとのやりとりの全部を。
そして、俺が一緒に行くことも。

三人は、俺の話を静かに聞いた。

「そうですか、あの子、そんなふうに言ったんですか。」
お父さんがそれだけ言って黙った。

「えらかったわ。」
そういっておばあちゃんがハンカチで目をおさえた。

アサコさんは、ただ頷いて涙ぐんだ。


帰りのクーパーの運転はお父さんだった。

ひとつめの信号が赤だった。

ハンドルを持ったまま、「はぁー」とひとつため息をついた。
横顔に疲れが滲んでいる。

前を向いたままお父さんが唐突に言った。

「あの子の母親のルーツが韓国なんです。」

「え?・・・あ・・そうなんですか・・・
だから韓国へ・・・」

「はい。どうしても行くってきかなかった。
母親にはずっと反抗していて、
会うこともめったになくなっていたのに、
やっぱりずっと意識していたんだろうと思います。」

「そうだったんですか。」

「あの子にはいろいろ苦労をさせて・・・
楽しく人生を送ってほしいのに、
なぜか選んで大変なほうへ大変なほうへと行こうとする気がして、
見てるとハラハラしてしまってね。
でも、面と向かうとうまく話せなくて・・・
母や妻のほうがずっとあの子とうち解けてる。
だから昨日が初めてだったと思うんです。
あんなにちゃんと話したのは。
あの子に助言をしてくれたんですね。
気になってることをちゃんと聞いてみろって。」

「あ・・・はい。」

「ありがとうございました。」

「あ・・・いえ・・・」

「ダメな父親で、娘から切り出してもらってやっとです。」

憂いを帯びた横顔は、一瞬彼女に似てると思った。
あんなに母親にそっくりなのに、
親子ってすごいなと思う。

俺も、なにかの一瞬が母親に似てたりするだろうか。
 

「もっと早く言ってやればよかった。
先生、もうあの子から聞いたでしょ。
離婚のときのいろいろ。」

「はい。」

「思春期の、あの子が母親に会わなくなった頃に
ちゃんと話してやればよかったんです。
そしたらこんなに遠回りをしないで、
ふたりは仲良く過ごせたんだ。
離婚の時も、思春期の大事な時も、
僕は大きなミスをしたんだなと、
あらためて昨日思っていました。」

お父さんの自責の思いは、
ため息と一緒に狭いクーパーの中に充満し、
酸欠のような苦しさだった。

 

「あの・・・友達の受け売りですが・・・」

「え?・・・」

「遠回りはムダじゃないと思います。
どんなに遠回りしても、どんなに長い間離れていても、
出会うべき二人はまた出会ってわかりあえる。
別れてる間も、二人はつながっていたんだと思います。
だから彼女も韓国へ行くことを選んだんだと思うし、
こんなふうに今日を迎えられたんだと・・・」

「・・・・・」

「初めて会ったときに思ったんです。
・・・なんていうか・・・
いい性格してんだなーって。」

「あは・・・・」

「あの、失礼ですみません。」

「いや・・・・」

「優しい家族に囲まれて、愛されて大事にされたんだって、
そんな感じがして・・・
遠回りのように見えていた最中も、そんなふうに温かくいられたから、
だから今日あんなふうに、自分でちゃんとお母さんを
送り出せたんじゃないかなと・・・
チヒロさん、今日ほんとに、
優しかったし、強かったですから。」

沈黙が続いた。

どういう沈黙なのか測りかねて、
急に自分の発言にいたたまれなくなる。

クーパーの中の空気はますます重くなり、
酸素が薄くなる。

「あの・・・生意気言って・・・」

ほとんど同時にお父さんの言葉が漏れた。

「ありがとう。
先生のおかげです。」

「・・・は?・・・」

「あなたのほうが僕よりずっと大人だな。」

「え?・・・いえ・・・」

「とてもうれしい。
これは、僕への救いかな。
今日まで僕の失敗を補ってくれる家族がいてくれて、
そしてチヒロが戻ってきた時に先生がいてくれた。
ラッキーだな。」

この人も、いろんな罪悪感を抱えながら生きてる。
俺のオヤジもそうなのかな。
きっとそうなんだろう。

 

「チヒロから聞きました。
知らなかった。
先生も苦労なさってるんですね。」

「いえ、苦労はしていないです。
祖父母に大事に育ててもらいましたから。」

「・・・・・」

「・・・・・」

「先生。」

「はい。」

「あなたに出会えたこと、
僕たち家族全員、とてもうれしく思っています。
あらためて言ったことはなかったけど、
心からそう思ってるんです。
ほんとにありがとう。」

「あ・・・いえ。
そう言ってもらえると嬉しいです。
ありがとうございます。」

夜も更けて、駅へ向かう一本道はすれ違う車も少なかった。
ひとつめの信号のあとは黄色点滅ばかりですいすいクリアして行った。
今日までで最速のロータリー到着だ。

「先生・・・」

「はい。」

「あの子がまた何か先生を頼ったら、
つきあってやってもらえますか?」

「あ、はい。
俺にできることがあれば。」

「よろしく。」

「あ・・・はい。」


地を這う小さな車を見送りながら、ぼーっとしていた。

俺があの家に初めて行った日からずっと、
お父さんは俺を先生と呼び、敬語で話す。
フランクな会話の中でも、それだけは崩さない。
出会ったときは18才だったのに。
そして今だってたったの21才なんだ。

サラリーマンからいきなりホテル経営者になって何年経つんだろう。
あの不器用さと優しさを、
確かにチヒロは受け継いでいるのだと思った。

 

 

ーーーーーーーーーーーーー

“映画観に行こう”

“なんで私のアドレス知ってるんですか?”

“こないだ赤外線で教えてくれた。頼みもしないのに”

“こないだって?”

“ナマチュー半分泥酔の夜”

“迷惑なら削除してください”

“なに怒ってるんだよ”

“怒ってないです”

“じゃあ映画行こう”

“なんで?”

“こないだ自分から言っただろ。
「私たち映画に行くんです」って”

“映画観る心境じゃないけど、
会ってあの日の私が何したかは教えてほしいです。”

“あの、それってマジでナマチュー半分で記憶なくしたってことか?
ショウゴへの適当な言い逃れじゃなくてか?”

“言い逃れなんかしません”

“だから怒るなよ”

“私を抱っこして運んでくれた?”

“はい、抱っこしました”

“こら!返信しろよ。話は終わってない。
真相を語るのもいいけど、映画も観ようよ。
叔母がチケット5枚もくれちゃったんだ。”

“なにそれ・・・”

“いいから会おう。いつがいい?”

ーーーーーーーーーーーーー

今日もやっぱり俺のほうが先にきた。
つくづく俺は女の子に待たされる運命だ。

いや・・・
俺がいつも早く来すぎるのか?
しょうがない。

「待ち合わせより15分早く」
うちの家訓だって、じいちゃんが毎日言うからだ。

さっきからまた雨だ。
現れるはずの角をずっと見ている。

傘をさしている人、バッグを頭に小走りの人・・・
通り雨だといいけど。
あいつ、ちゃんと傘持って来てるだろうか。

予想どおり?、傘ナシの小走りで現れた。
慌てて迎えに行く。
走り寄る彼女をぶつかるように抱き止めた。

抱え込んだ背中は、濡れていたけど冷たくはなかった。

細い背中だ。

走ってきたからか、
かすかな香りが、彼女の発する熱とともに香った。

甘い・・・花みたいな・・・

触れ合ったのはほんの一瞬だった。
弾かれたように体を離す彼女に傘を差し掛けながら
ビルの中に駆け込んだ。

「ありがとう。
傘、用意がいいね。降ってないのに持ってきたの?」

「その質問、慣れっこなんだけどさ、
ばあちゃんがきかないんだ。絶対持ってけって。
天気予報見て「今日は降る」って確信したら
俺は絶対持ってかないと許してもらえないんだ。
小学生みたいだろ。
だから時々駅のコインロッカーにいれていく。
金かかるよ。」

「ふふ・・・
でも、今日は正解だったね。」

「そうだな。ばあちゃんさまさまだ。」

「ふふ・・・」

メールの時の勢いなんかどこにもなくて、
いつものままのチヒロだった。

相変わらず前髪はギザギザで、
わかめちゃんのパーマはふわふわだ。

いつものTシャツとブリーチのジーンズ。
俺と会うことを大して気にしてないからその格好なのか・・・
それとも少しは迷ったか?

そんなことを知りたいと思ってるなんてな。

今、ほんとははっきり自覚してる。
俺の中の新しい気持ちを。

座席券と引き替えるために並んだ。
その時初めて映画のタイトルを知ったチヒロ。

「え?・・・今日見るの、これ?」

「あぁ・・・」

「・・・・」

「なんだ、イヤか。」

「サカキさん、このストーリー知ってる?」

「いや、知らない。ロングセラーの本らしいけど、
女の子向けの話だろ。
元の本は児童書だけど、大人にも読み応えがあるらしいぞ。
映画は評判いいし。
叔母さん、うるさいんだ。絶対いいから観ろって。」

「うん・・・」

「もしかして、本読んだのか?」

「うん。」

「どんなの?
もしかして、気に入らなかったとか?」

「中学生のとき、途中まで読んで挫折したの。
あまりにも自分の気持ちとリンクしちゃってて、
リアリティーありすぎて苦しくなっちゃって・・・」

「そうなのか・・・」

じっとチケットを見ている。

チヒロの境遇と似た話?・・・
どんななんだろう。

「今も無理か?」

「ううん・・・観るよ。
もったいないもんね、チケット。
でもどうしてもらえたの?・・・」

「俺の叔母さんの友達が出版社にいて、
この原作者の担当してるらしいんだ。
なんか、10年以上前らしいけど、
その人に“この本いいよ”って紹介したのは自分だって。
んで、その人がこの作家に惚れ込んだことから全てが始まったんだって。
何回も自慢するんだ。
だからこの映画ができたのは私のおかげだって。
マジメにそう言うんだ。
でも実際、御礼にってチケットたくさんくれたらしいから、
まんざら大ボラでもないかもしれない。」

「ふ~ん、すごいね。」

「どうする?・・・観る?」

「だから観るってば。」

ーーーーーーーーーーーーー

彼女はもう最初から泣いていた。

いろんなことがあってナーバスな時期にこんな映画を観たら
もうこうなるしかないって、俺も思う。
でも、それを覚悟の上で観たのかもしれない。
痛々しくて、少し罪悪感が湧いてくる。

いや・・・
泣いたほうがいいのかもしれない。

“リアリティーありすぎて苦しくなっちゃって・・・”

女の子、母、そして祖母。
ほんとは温かいたくさんのものを周りから降り注ぐように与えられていても、
その時の心には響かなかったりすることもあるんだよな。

自分の頭の中のグチャグチャで手一杯・・・
思春期ど真ん中って、確かにそんなだったかもしれない。

頬に当てたままで見続けた俺のハンカチは、洗って今度返すと言った。

映画館が入った複合ビルを出ると、願ったとおりに雨は止んでいた。
見上げると、夕日を浴びる直前の青に、薄い雲の白がうかんでいる。

日が短くなった。

「私・・・よかった・・・」

「ん?・・・」

「この映画、“私が観なくて誰が観る!”って感じよね。」

「あは、そうだったか。」

「そうだった。」

「そうか。よかった。」

「ありがとう、誘ってくれて。」

「あぁ、おれがセレクトしたわけじゃないし、
チケット代おごったわけでもないのに、
礼を言われてラッキーだ。」

「サカキさんってね・・・・」

「ん?・・・」

「そんなふうに自分でまったく意図しないで、
でも誰かにとって最高のタイミングで登場してしまうね。」

「誰かって、そんなこと言われたの、お前だけだけど。」

「お前じゃなくて、チヒロですが。」

「あ、はい、チヒロさん。」

「あの・・・
ヒロでいいから。」

「え?・・・」

「ヒロで・・・」


そう言いながら少しうつむいた。
かわいかった。

「うん・・・
わかった。」

「ヒロ・・・」

「はい?・・・」

俺を見て、またすぐ目をそらした・・・
そのへんてこな前髪をいじりたい。

「ヒロ・・・」

「あは・・・なに?・・・」

「腹へった。」

「ふふ・・・」

「またナマチュー飲むか?」

「いえ、ジンジャエールでいいです。」

「あのさ、お前・・・
じゃなくてヒロを、あの・・・
抱っこした件についてですが・・・」

「あ、いいです。すみません。
いろいろありがとう。
あのあとおばあちゃんから聞いたから。
ほんと・・・・
お世話になってしまって。」

「なんだよ、急に。」

「酔っぱらうって悲しいよね。」

「なんで?」

「覚えてないなんて・・・
もしかしたらステキなことがあっても、
忘れてしまってたら、すごくがっかりだよね。」

「大丈夫、俺が覚えてるからいいさ。」

「なによ、それ。」

少しかがんで、顔をのぞき込んでみた。

「なにがあったか、教えてほしい?」

「なにか・・・あったの?
私、まだなにかした?」

「あぁ、まあな。」

「どんなこと?」

マジで不安な顔になった。
もう少しいじめてやろうかな。

「知りたいか?」

「その・・・・抱っこより、すごいこと?」

「抱っこより・・・ステキなことだな。」

「・・・・え?・・・」

「じゃあ行こう。」

チヒロの手をとった。

握り返された感触に、胸の奥がじんとした。

「うそだよ。」

「へっ?・・・」

「なにもねえよ。」

「へっ?・・・」

あは、「へっ」って言った。

でも俺はもう苦しくない。
目の前にいるヤツのことでいっぱいだ。

「もう・・・なによ!!」

チヒロが、つないだ腕を引っ張った。

「はは・・・」

ヒロ・・・

今日は俺もジンジャエールで、
正気な君とたくさん話をしよう。

そうだな、もう家族の話はいいや。

ヒロ・・・

君のことをたくさん知りたい。

どんな映画が好き? 音楽は何を聴く?

小説は好き? 

好きな作家はいる?

そして・・・君の夢はなに?

それからさ・・・
俺の話もしたいんだ。

聞いてくれるか?
俺の・・・夢なんかも。

空が見る間にオレンジ色になっていった。

ヒロ、予定変更だ。
もう少し、このまま歩こう。
この夕日の中を。

そしたらもうしばらくこうして、
君の手を包んでいられる。

 

君の頬が赤いのは・・・・

夕日のせい?

それとも・・・

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

この物語は、私が創作を書かせていただいているサイト
「Moonbow's Path  ~ silverblue's nest ~」( ○ttp://www.geocities.jp/silverblue_web/ )で初出の作品です。
 

 

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