丘の上の純情  野分の章 1

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「・・・・めちゃうよ・・」


「・・・・・」


「ねえ!!」

「え?・・・何?・・・」

「だから・・・コーヒー冷めちゃうよって言ったの。」

「あ、そうか・・・そうだな。」


もう冷めてた。


昨日まで、昼間は気持ちのいい陽気だったのに、
今朝はずいぶん肌寒かった。

今日も当たり前のようにふたり、テラス席を選んだけど、
さっきからヒロの薄着が気になっていた。


・・・というより、
やせっぽちなのに、ちゃんとふくらみを持った胸元を
なんとなくボーッと見ていたんだ。
気づかれただろうか。


「ヒロ、その格好、寒いだろ。
中に入らないか。」

「え?・・・」

「中に入ろう。」

「あ・・・うん。」


カバンを肩にかけ、
出していた本を脇にはさんでカップを運んだ。

 

「わぁ、やっぱり中はあったかいんだね。」


ヒロがホッとした声で言った。


「やっぱり寒かったんじゃないか。
やせ我慢しないで寒いって言えよ。
風邪ひくだろ。」

「うん。」


「あのな、俺も気が利くほうじゃないんだからさ。
風邪ひくまで我慢したりするなよな。」

「ふふ、ユウジはいつも気が利くわ。
うちのおばあちゃんにまで。」

「なんだよ、いきなり。」

「ふふ・・・」

「なんだよ。」

「ユウジは・・・
優しいよ。」

「・・・・」

「優しいよ。」

「そか。」

「そだよ。」

「・・・」

 

ヒロ・・・

俺が優しいかどうかなんて、
そんなことどうでもいい。


ヒロ、気づかないだろうけど、

俺は・・・
まったく違うことを考えてる。


お前に触れたい。

今、お前に触れたい。

そんなことばかり考えてる。

 

 

お前に触れたくてたまらない。

優しくなんかない。

痛いくらい抱きしめて、
息をさせないくらいにキスをして・・・

そのままお前を壊してしまいたい。

 

白い首筋から目をそらす。

 

ヒロ・・・

俺がこんなことで頭の中をいっぱいにしてるなんて、

お前は思いもしないよな。

 

どうしよう、ヒロ。

 


「んふ、なに?
もしかして、照れてるとか?」

「いや。」

「じゃあ、なに?」

「ヒロを・・・見てる。」

 

驚いたように眉毛をあげて俺を見た。

すぐにふっと笑ったその顔に手を伸ばして、前髪に触れた。

ふわりと浮かぶような心許なげなウェーブ。

サザエさんちのわかめちゃんが色気づいてパーマかけたみたいだって、
そう言ったら、本人は怒って、
おばあちゃんとショウゴにはすごくウケた。

 

「ユウジ・・・どしたの?」

「どうもしない。」


どうもしない。

たださっきからずっと、
言い出すタイミングを迷ってるだけだ。

 

「あのさ、ヒロ・・・」
「あのね、ユウジ・・・」

 

「なに?」
「なに?」

 

あまりにも同じタイミングが続いて、
2人、笑った。

 

「ジャンケンで勝ったほうから言おう。」

「おぉ、いいね。」


ヒロがチョキで、俺はパーだった。


「ふふ。じゃあ言わせてもらいます。」

「どうぞ。」


ジャンケンしたときは嬉しそうだったのに、
いざとなると言葉を探して、困ったような顔をする。

 

「どうしたんだよ。」

「うん。」

「ん?・・・」

「あのね・・・」

「うん。」

「韓国から、大学の友だちが来るみたいなんだ。」

「あ、そうなのか。いつ?」

「今週の、木・金・土。」

「え?今週の?」

「うん。」

「急に来るんだな。」

「うん・・・」


なんとなくヒロの返事は歯切れが悪い。

そして・・・
俺はきっと顔いっぱいで落胆を見せている。

でもこのとき、俺は自分が言おうとしてたことでいっぱいで、
ヒロの表情がいつもと違うことに、
ちゃんとアンテナが働かないままだった。

 

「あの・・・ユウジ・・・
もしかしてその日、なにかあるの?」

「いや・・・大丈夫だけど・・・
その友だち、土曜日のいつ頃帰るの?」

「うぅ~ん、はっきり聞いてないけど、たぶん、午後。」

「そうか・・・」

「ユウジの話ってなに?
今度、ユウジの番。」


こうなったらますます言いにくい。

なぜかというと、下心があるからだ。


週末、じいちゃんとばあちゃんが
俳画の仲間たちと温泉旅行に出かける。

だから土曜日、
俺んち来ないかって・・・

そう言おうとしてた。

 


気持ちを確かめ合って2ヶ月。

まだ手をつなぐのがやっとの俺たち。

キスもしてないなんて、
俺としては、純愛最長記録だ。

映画を観たり、美術館に行ったり、
本屋で延々と本を選んで、
カフェで話し込んで・・・

ぶらぶら散歩するのは、若者でいっぱいの街だったり、
海沿いの公園だったりした。

たまに居酒屋で陽気に飲んで・・・

何をしても、ヒロといると楽しくて、
話しても話しても、話が尽きない。

おしゃれなレストランなんて行かなかった。
チープでカジュアルな店を、ヒロはいつも喜んだ。


キスさえしない、清らかな仲だなんて、
今日までの俺を知ってるヤツらは、ほんとに驚くだろうな。

「なに純愛してんだよ、オマエ・・・」なんて。


俺だってびっくりしてる。

これまでだってチャンスはあったさ。
ヒロもそんなふうにタイミングを待ってるかもしれないと、
そう思うこともあった。


だけど・・・
焦りたくはなかった。
これも本心なんだ。

ヒロとのことは、ほんとに大事にしたかった。

 

矛盾してるよな、俺。

 

ヒロの家族につきあいたいと伝えた時、
大人たちは静かに歓迎してくれた。

それは、
当然のなりゆきへの安堵のようでもあり、
同時に、複雑な事態への心の準備のようでもあった。

小学生の長男の家庭教師が、
その姉の恋人になってしまうのだ。


実際、ショウゴは変わった。

「カキセンはヒロねえが好きなのか?」
「結婚するのか?」
「ほんとは好きなんだろ?おい、正直に言えよ!」

あんなにうるさく訊いていたショウゴが、
二人がほんとにつきあい始めたと知ったとたんに、
なにも訊かなくなった。

まったく二人の話題に触れなくなった。
そしてしばらくは、少し拗ねていた。
いつもの無邪気さでくっついてくることもなくなった。


だから大事にしたかっった。
ヒロも、ヒロの家族も。

 


「土日にさ、じいちゃんとばあちゃん、温泉に出かけるんだ。」

「あ、そうなの。」

「うん。」

「・・・そうなんだ・・・」

「ん・・・」

 

「・・・・」


「・・・・」

 

「私、どうしたらいい?」

「・・うん・・・」

「遅くなっても、ユウジの家に行きたい。
行ってもいい?」


「え?・・・」


「え? そうじゃないの?
ユウジのうちに誘ってくれたんじゃないの?」


「あ・・・うん。そう。」


一瞬のとまどいの顔に、安堵が広がるのを見た。

ヒロ・・・
俺は有頂天になりそうだ。

なぁ、俺、下心アリアリだぞ。


こんなヒロの正直さに、
これからもきっと助けられるんだろうな。


目の前にある頬を包んで、
今すぐキスしてしまいたい。


「前からね、いろいろ想像してたの。
ユウジのおうちってどんなかなって。
田んぼの中の一軒家。
あ・・・でも、初めて行くのが、
お留守をねらってなんて、
なんかあとでおばあちゃんに怒られるかも。」


「いや、大丈夫だ。
これまでだって・・・」


「ん?・・・」


「いや、なんでもない。」


バカだな、俺・・・


「でも、友達はほんとに大丈夫か。」


「あ・・・うん・・・
ダイジョブ。
大事な用があるって言うから、
二日目までに終わると思うし・・・」

 

ここで俺はようやく気づいた。

ヒロの歯切れの悪さに。

 

「その友達って・・・もしかして、オトコ?」

「・・・・うん・・・」

「ひとりで?・・・」

「たぶん・・・」


そういうことか。


「もしかして・・・
ヒロのこと忘れられなくて、
追いかけてくるってことか?・・・」


「よく・・・わかんないけど・・・」


いや、わかってるんだよな。

 

「そうか。」

「・・・うん・・・」


そりゃあ、そんなこともありだよな。


「俺、メチャメチャ妬きそう。」

「あ・・・ごめん・・・」

「冗談だよ。」

「え?・・あ・・そうなの?」

「いや、本気だ。」

「・・・・」

「本気だぁ!」

「あは・・・」

 

しかしこういうシチュエーションで、
こんなふうにやきもちを妬く立場は初めてだ。

つくづく今日まで恵まれてたと思うよ。

いや・・・
そう言えば、決定的なところでは恵まれてなかったか。


考えてみると、これって今、俺はあいつのオジサンの立場だな。

あ、オジサンじゃなかったか。


でも・・・
こんな、感じなんだな。


ふふ・・・
変だ。

 

ヒロのラテも冷めてる。

 


「木・金・土か・・・
天気はどんなだろうな。」

「うん。」

「晴れるといいな。」

「うん。」


「・・・・・・」

「・・・・・・」

「その人・・・あっちでつきあってた人か?・・・」

「・・・・・」

「あ・・・いやなら言わなくていい。
ごめん、こんなこと・・・」

「つきあってはいなかった。
でも・・・
5人くらいの仲のいいメンバーがいて、
いつもなんとなく一緒にいて・・・」


「・・・うん・・・」

「私が日本に帰るって知って、
すごくびっくりしたみたいで・・・」

「・・・それで告白されたのか・・・」

「うん。」

「そうか。」

「・・・・」

「そのとき、答えなかったのか?」

「ううん、言った。
全然そんなこと考えられないって。」


「そうか。」

「ずっと友達で・・・
ただ・・・ほんとにいい友達だったの・・・」

「そうか。」

「・・・・」

「あのさ・・・」


俺は不意に聞いてみたくなった。


「うん・・・」

「ずっと友達だと思ってた人から告白されたら、どんな感じ?」

「え?・・・」

「自分にとっていい友達で、ずっと仲良くやってきたヤツから、
いきなり好きだって、
つきあってくれって言われたら・・・
どんな気分だった?」

「・・・・」

「・・・・うまく・・・言えないか・・・
言えないよな・・・」

「・・・う~ん・・・」

「その時・・・困ったか?」

「・・・うん。困ったっていうか・・・
ちょっと、悲しかったかもしれない。」

「・・・」

「もう友達に戻れないんだなと、思ったかな。」

「・・・・」

「ユウジ?・・・」

「うん・・・そうか。」

 

彼はきっと・・・

もう二度と友達には戻れないと思っても、
海を越えてもう一度、思いを伝えに来るんだな。

 

妬けるのに、
渡さないぞと思うのに、

頑張れよって言いたくなるよ。

 

なんだよ、これ・・・


 

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