桃の明くる日 4

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コツコツと、ステンドグラスを鳴らした。


「は~い、どうぞ~。」

まさか私だなんて思ってないんだな。


今日もだるまストーブには薪の火がチラチラと赤く、
やかんはシューシューと湯気を立てていた。

こっちは街よりずっと寒い。

湯気の向こうに、
カラカラと車輪を回して糸を紡ぐ広い背中が見えた。

なんと声をかけようか・・・

迷っていると、その人が動きを止めて、カラカラも途絶えた。
固まる背中に、声をかけた。


「こんにちわ~。」


ゆっくりと立ち上がってジーンズの膝を払うと、
もっとゆっくり振り向いた。

いつもの悠海さんの笑顔だ。


「やあ、こんにちわ。さぁ、入って。」

いつもの悠海さんのセリフだ。


「あの・・・ケーキ持ってきました。」

「あ、ありがとう。ずいぶん大きな箱だね。」

「一日遅れのひなまつりです。」

「あ、そうだね。」

「オーナーがケーキ買ってくれたんです。
今日、私の誕生日だから。」

「え?・・・そうなの?
あ、おめでとう。」

「ありがとうございます。」


悠海さん、おずおずと、まだぎこちない。
こんなにかっこいい人がこんなに緊張してる。

それが自分のせいだなんてこと、
ほんとにあり得るんだろうか。
やっぱりすぐには信じられない。


「鴻がここで食べろって?」

「いえ、私が・・・いきなりここで食べたくなって、
ほんとは、みんなで食べるんだったんですが、
悠海さんところに持ってって食べていいかと聞きました。」

「・・・わぁ・・・」

「悠海さん、いっしょに食べてくれますか?」

「はい。もちろん。
あ・・・コーヒー淹れるから、座って。」

 

 


ーーーーーー

 

 


コーヒーはやっぱりおいしかった。


「・・・・・」

「・・・・・」

「悠海さん。」
「桃佳さん。」


「あ、なんですか?」
「あ、どうぞ。」


一緒に沈黙したと思ったら、
また二人いっしょにしゃべり出す。


「桃佳さん。」

「はい。」

「さんざん謝ったけど、あらためてすみませんでした。」

「はい。」

「でも、あなたに告白したことは、
酔った勢いを借りなくても、あの日言おうとしてたことなんだ。
ほんとです。
それを信じてもらえる?」

「・・・はい、信じます。」

「ありがとう。」

「・・・・・」

「・・・・・」


あとの会話が続かず、
なんだか黙々と二人、ケーキを食べている。


「おいしいね。」

「はい、おいしいですね。」


     オーナー、一緒に食べてみました。
     おいしいです。
     これはもともとのケーキのせいですか?
     私はたぶん違うと思います。
     報告したら、喜んでくれますか?

     でも・・・
     二人で“たらふく”はちょっと厳しいです。

 

「はぁ・・・」

「ふふ・・・」


ふたりともお腹いっぱいだ。

「おいしかったですね。」

「うん、おいしかった。
ごちそうさま。」

「はい。こちらこそ、
つきあってくださってありがとうございました。」

 

悠海さんが自作の椅子の背もたれに背中を預けた。
私のお気に入りの椅子だ。


「桃佳さん。」

「はい。」

「こないだは、無神経でごめん。」

「いいえ。
あ、でもちょっと反則ですね。
しょうがないから許してあげます。」

笑いながら、でも軽く睨むように言ってみた。

「あ、ありがとう。すみません。」

頭を下げながら、悠海さんも笑った。

「これからも、担当を替わったりしないで、
僕と仕事してくれますか?」

「はい、もちろんです。
悠海さんとの仕事は、とても楽しくて刺激的で
他の人には渡せません。」


悠海さんの顔が、なんとも言えない表情になった。
安堵の息を吐くのがわかった。

自分の一言で、誰かがこんなにも嬉しそうな笑顔になるなんて、
初めての経験かもしれない。

なんだか、胸が苦しくなる。

油断すると涙が落ちそうだなんて・・・
悠海さん、
これも反則だ。


「それで・・・肝心なことだけど・・・」

「・・・はい。」

「あの時も言ったように、
酔ってはいたけど、全部ほんとの気持ちなんだ。
僕はあなたが好きだ。
僕とつきあってほしい。
今すぐに返事をくれなんて言わない。
でも、考えてみてほしいんだ。」

「はい。考えます。
いえ、考えました。」

「え?」

「そして・・・
今日一緒にケーキを食べてみて決めようと思いました。」

「・・・ケーキ?・・・」

「いえ・・・・たぶん・・・食べる前から決めていたと思います。」

「ん?・・・んん?・・・」

「いえ・・・
あの・・・今のは、忘れてください。なんでもないです。」

「は?・・・」

「あの、私、きっと悠海さんのこと、好きになると思います。
思いますっていうか・・・
予感がします。
いや、予感っていうか・・・
ほんとはもっと前から好きだったかもしれません。
自分でも、よくわからないんだけど・・・
うぅ~~ん、うまく言えないなぁ・・・」


悠海さんの目がじっと私を見据えていて、
私はどこを見ていいのかわからない。
落ち着いてるけど、その真剣さは怖いくらいだ。
こないだから、悠海さんの初めての面ばかり見る。

この緊張に耐えられずに
思わず立ち上がって頭を下げた。

「よろしくお願いします。」


悠海さんが立ち上がってこっちに来ると思ったら、
あっという間に、その胸に埋められた。

「はぁ・・・・」

悠海さんの肺の中にある空気、、
全部吐き出すみたいな大きなため息・・・


「よかった・・・」

「・・・・」

「・・よかった・・」

「・・はい・・・」


でも悠海さん・・・
いきなりのこれは、ハグのレベルを超えてます・・・


「あ・・・ごめん。」


心の声が聞こえたみたいに、
またいきなり悠海さんは私を離した。


「いえ・・・」


このぎこちなく流れる時間のことを、
いつか笑いながら思い出して話す時が来たりするだろうか。


「あ、そうだ。」

悠海さんが窓に向かった。
その窓のカーテンは、薄く透ける素材できれいなパッチワークになっている。
韓国のポジャギという手法らしい。
ステンドグラスみたいにきれいだ。

誰が作ったのかな?女性かな?と、前から思っていた。

でも、その横にならんだ窓のカーテンは、
「窓」と大きく染め抜かれた藍ののれん。
冗談みたいだけど、たぶん悠海さんの実験だと思う。

ほんと、なんでもありだ。

ポジャギの方のカーテンの前に立って、
悠海さんが言った。

「桃佳さん、こっちに来てみて。」


オブジェにぶつからないように注意して、
窓までたどり着こうとすると、


「あ、そこでストップ!」

「え?・・」

「そこからが一番いいんだ。
窓枠を額縁だと思ってね。」

「・・・あ、窓の外にいいものがあるんですか?」

「そう。」

「ふふ・・・」

「急だからなにもプレゼントがないけど、
この一幅の絵を贈ります。
僕が毎日見ていた絵です。
誕生日おめでとう。」


悠海さんがポジャギを上げた。


「わぁ・・・」


そこには、季節限定の絵があった。

桃の絵。

裏庭にひっそりと一本だけ咲く桃の木だった。


「ほんと・・・
額に入った絵みたい。」

桃の色は濃い。
私はこの色が好きだ。
温かで力強い桃色。


「とてもステキ・・・
ありがとうございます。」

 

アトリエの北側の小さな額縁に、
そっと咲く桃の花。

額縁の覆いを持ち上げ続ける人が言った。
「期間限定、
あなたのためだけに開かれる、一枚だけの展覧会です。
ぜひ来年もいらしてください。
その次も、その次も・・・」

その低い声にドキドキする。

「・・・はい、喜んで。」

「あは・・・」


ポジャギがはらりと落ちて、絵が隠れた。
その人が、覆いの持ち上げ役を放棄してしまったから。

もう一度私を抱きしめるために、
私の元に、来てしまったから。

 

 

「誕生日おめでとう。」


「ありがとう。」

 

 

 

 

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

この物語は、私が創作を書かせていただいているサイト
「Moonbow's Path  ~ silverblue's nest ~」( ○ttp://www.geocities.jp/silverblue_web/ )で、
オーナーsilverblueさんのお誕生日のお祝いとして、2010年3月に書かせていただきいたものです。
少しの加筆をして全2話を全4話にしてこちらにUPとなりました。

 

2 Comments

  1. 昨日、3まで一気読み、ゆりかもめを読み直して、もう一度読んで~
    まだ続きがあったよな~って、あちらへ行って4を読んで
    今朝、またここで4を読んで落ち着きました。
    ライナーノーツまで読んじゃった。
    凛としてて静かであったかいお話ですよね。
    どうしてそう感じるのかな~って思わず考えちゃいました。
    京都、お寺、そして、3月のこの時期
    春爛漫な時期ではないので、桃の木だけが濃いピンクで冬の佇まいも残ってるからかな~
    二人の会話で進むから。。桃佳の一人語りだからかな。。なんていろいろ。。
    悠海さんのどきどきを一緒に感じながら
    悠海さんの魅力に桃佳と一緒に惹かれながら
    一人二役のようにして読んでました。
    そして、私事ながら、昨日が誕生日だったので、
    誕生日のお話にきゃ♪と一人喜びながら読みました。
    お話読むってやっぱり楽しい♪と思うのでした。
    素敵なお話をありがとうございました。

  2. わぁ~~い!!
    れいもんさん、お誕生日おめでとうございます~~★!♪★◇
    知ってたら昨日UPしたのになあと一瞬思ったけど、
    初出のところに行ってタイムリーに読んでくださったのですね。
    よかったです♪
    これからの1年が楽しくて幸せな日々でありますように(^_-)
    >ライナーノーツまで読んじゃった。
    わぁ、そこまで読んでくださったのですか?
    ありがとです!
    しかし・・・何を書いたか思い出せない(笑)
    >凛としてて静かであったかいお話ですよね。
    どうしてそう感じるのかな~って思わず考えちゃいました。
    >お話読むってやっぱり楽しい♪と思うのでした。
    素敵なお話をありがとうございました。
    あぁ・・・しみじみ嬉しいです。
    読んでくださった方が、読み終わったあとにそんなふうに思いをめぐらせてくださること、
    「お話読むってやっぱり楽しい」って思ってくださること、
    そしてそのことをこんなふうにおしゃべりして教えてくださること、
    それがほんとにほんとに、ほんっとに嬉しくて、
    だからまた書いちゃうんだろうなぁ~~(*^_^*)
    れいもんさん、嬉しいことばをたくさん、ほんとにありがとうございました♪

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