桃の明くる日 3

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動揺をごまかすことなど、すぐにあきらめた
体の右半分をその視線に晒して、
私は立ったまま動けないでいた。


ドリッパーの中の豆から湯気が立って、
次を注げと催促する。


「私の気持ちを・・・」


その人が身を乗り出すようにしたのを、
視界の隅で感じた。


「私の気持ちを知ったふうに言わないでください。」

「あ・・・」

「私の気持ちは、私しか知りません。」

「・・・・ごめんなさい・・・」

「・・・・」

「でも・・・僕には・・・見えてしまった。
気づいてしまったんだ。
あなたばかり、見ていたから。」

「・・・・」


ドリッパーの湯気が弱々しくなっていった。


「よけいなことを言ってしまった。
ただ、好きだと、それだけ言えばよかった。」

「・・・・」


ほんとに、それだけを聞けたらよかったのに。
そしたら、私はどう答えたんだろう。

 

「桃佳さん・・・・」

「悠海さん。」

「はい。」

「日を改めていいでしょうか。」

「え?・・・」

「悠海さんのせいにして、
日をあらためていいですか?
悠海さんが酔っ払っちゃって、
全然話にならなくて帰ってきたって。
だから、シラフの時にもういちど打ち合わせすることになったって。」


「あ、はい。
全部そのとおり、ほんとのことだから。
そうして。
鴻にそう言って。
でも・・・あなたはもう一度来てくれる?」


「はい。」


「あぁ、よかった。
わかりました。
僕は個展準備で基本的にはしばらく制作だけだし、
ずっとアトリエにいるから。」

「はい。じゃあ今日は失礼します。」

「どうも・・・ほんとに・・」

「あ・・・あの・・」

「え?・・・」

「私、もうとっくに失恋して、とっくに立ち直ってるんです。
誰かに気づかれてたってことに、ちょっと動揺したんです。
だから、ご心配なく」

「あ・・・そう・・・なのか・・・」

「はい。」

「ほんとに・・・ごめんなさい。」


立ち上がって頭を下げたが、すぐにそばのテーブルに手をついた。


「僕は、情けないな・・・」


悠海さん、困ってる。
悠海さん、どこまでも正直者。

だからきっと、こんなワンダーランドでおもちゃ箱で、
そして誰にも居場所な空間を作れてしまうんだ。

でも悠海さん・・・
正直すぎる。

そして・・・
もうひと押しが足りない。

酔ったまま「ここにいて。帰らないで。」
そう言われたら、私はどうするかな。

でも、そんなセリフ、あなたの辞書にはないんでしょ。

告白、ほんと言うと、ちょっと嬉しかった。
いや、たぶん・・・かなり嬉しい。

でもね悠海さん、
こんなふうに痛いところを突いてくるのは、
やっぱり反則だからね。

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

 

「好きなの選んでいいぞ。」

「え?・・・いいんですか?」

「あぁ。」

結局「主役が選ぼう」と誘われて、
私もケーキ購入に同行することになった。


「これとこれ・・・迷うなぁ・・・
こっちについてる桃はちょっと立派できれい。
こっちの桃は小さくて・・・
でもぼんぼりのろうそくがついてます。
火をつけられるのっていいかな。
でも、この桃のきれいさも捨てがたい・・
うぅ~~ん・・・」

「わかった。
じゃあどっちも買おう。」

「えっ!?」

「今日俺たちが買ってやらなかったら、たぶん捨てられる運命だろ。
それなら甘党人間たちがたらふく食って、幸せな気持ちになろう。」

「たらふくって・・・ふふ・・」

 

 

リアシートにケーキを並べて画廊の前まで帰ってきた。

「オーナー。」

「うん、何?」

「私、ケーキひとつもらっちゃっていいですか?」

「え?・・ひとりで全部食うの?」

「違います。これひとつもらって早引きさせてください。」

「はぁ?」

「持って行って、一緒に食べたい人がいます。」

「え?・・・お・・お前・・・・それって、男?」

「男です。」

「うわ・・・」

「でも・・・仕事もしてきますから。」

「・・・は?・・・あん?・・・」

「智照寺のアトリエで、たらふく食ってきます。」

「ぉ・・・お!・・・わ・・・そうかっ!!!・・・ついに先輩!
うぉーーー、そうか!!」

「オーナー。」

「おぅっ!!」

「私、オーナーがとても好きでした。」

「おぅっ!・・・ぉ・・ぉぉ?!・・・」

「今も好きです。」

「ぉ・・・」

「ボスとして。」

「・・・も・・・もも・・・」

「この画廊で働くことができて、ほんとにラッキーだと思います。
私、こんなふうにオーナーと仕事できて、幸せです。」

「あ・・・はい。そりゃ・・・嬉しいな。」

「ふふ・・・うふふ。」

「桃佳。」

「ご存知かと思いますが、今日は私の誕生日です。」

「はい、ご存知です。」

「こないだ告白してくれた人と、誕生日に一緒にケーキを食べて、
すっごく幸せな気分になれる人かどうか、
確かめに行っていいですか?」

「はい。いいです。
いますぐ行ってください。
あぁ・・・でもケーキがデカすぎるな。
いいか、最初の一口の味が大事なんだぞ。
腹一杯になったら味なんかわからなくなる。
最初の一口、いや、三口目くらいで判断しろ。」

「ふふ・・・アドバイスありがとうございます。」

「じゃあ行ってこい。
あ、俺がこのケーキを降ろすまで待ってくれ。」


オーナー、知ってたんだ。悠海さんの気持ち。

そっと大事そうに、リアシートからケーキをひとつ降ろして、
オーナーは助手席の窓から顔を差し込んだ。

「ちゃんと味わって確かめてこい。」

「はい。どんな味だったか、報告は必要ですか?」

「それは必要ない。打ち合わせの報告だけでいい。」

「はい。わかりました。」

「今日は直帰でいいから。俺も今日は残業しない。」

「早月さんとデートですか?」

「あぁ。」

「早月さんによろしく。」

「わかった。」

「・・・・」

「早く行け。」

「はい。行ってきます。」

「おぅ。」

 

バックミラーで確かめていた。

ケーキを抱えたその人が、
角を曲がるまで見送ってくれるのを。

 


 

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