桃の明くる日 2

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「まあ、すみませんね。
草木画廊のアサダモモカさんですね。
副住職、今帰ろうとしてるところらしいんです。
中に入って待っててくださいと言ってます。」

「あ、麻田です。いつもお世話になっています。」

「まあまあこちらこそ、
このかまぼこ建てる時もお世話になりましたよね。」

あは・・・お母さんはかまぼこなんだ。

「このたびはまた個展でお世話になります。
草木君にはほんとによくしてもらって、
あんなわけのわかんないものばかり作ってるのに、
よくまあ買ってくれる人がいるもんだと、
前の個展の時も住職と一緒にほんとにびっくりしたんですよ。あはは。」


このお母さんはいつも陽気だ。


「悠海さんの作品はとてもステキです。
個展を待ってるファンがいっぱいなんですよ。」

「わぁ・・ファンだなんて、あはは~。」

「いえ、ほんとです。若い女性のファンも多いんですよ。
個展のとき、一緒に写真とってほしいって方がたくさんいらして、
私たくさんカメラ係をしました。
かっこいいですからね。」


「あらま・・・初めて聞いたわ。ふふ、住職に言わなくちゃ。
あ、そうだ。
住職が風邪ひいちゃいましてね。
それで替わりに法事を勤めることになっちゃってねぇ。

いえ、お勤めは昼までで終わるので余裕のはずだったんだけど、
そこのじいさんが住職の古い友だちでね、
なかなか帰してくれないんですよ、これが。

あの子、お酒弱いのに飲まされたかもしれないわ。
飲むと使いモノにならないからね、困ったわねぇ~。」


にぎやかなお母さんの話の途中でエンジン音が聞こえてきた。
車が無理矢理あのくねくね道を上がってきたようだ。

お母さんと表に回ってみると、
車から降り立った袈裟姿の悠海さん。
仁王立ちでこちらを見ていた。

にこりともしない。

弁慶みたい・・・

いつも長めの髪を無造作に束ねて、
全然お坊さんらしくないと思っていたのに、
こうして見ると、袈裟が驚くほど似合ってる。
こんなに背が高かったっけ。


大急ぎで運転席から回ってきた男性が悠海さんを支えた。
酔って歩けないのだとわかるまでに数秒かかった。
支えられてやっと歩く足どりはひどく心許ない。


「桃佳さん・・・」

「はい。」

「申し訳ない。
大事な打ち合わせなのに・・・」


そう言って深々と頭をさげて、
そのまま崩れそうになる。

いつもなら「やぁ、こんにちわ。さぁ、入って。」なのに、
すごく苦しそうで、違う人みたいだ。


「もう、あんたったら下戸のくせに何やってんのよ!
草木画廊さんがいらっしゃるってわかってるのに。」


もっと言いつのろうとするお母さんに、
支えていた男性が慌てて言った。


「いえ、奥さん、副住職は何度も断っておられたのに、
うちの父が無理矢理飲ませちゃったんです。
住職は一升飲んでも平気だったぞって、ほんとに無理矢理・・・
すみません。
ビール一杯と日本酒をおちょこに二杯なんですけどね。」


「まぁ、そりゃ、これまでで最高の量だわ。あはは~!」

 

 


ーーーーー

 

 


古い薪ストーブの上のやかんが湯気を上げはじめる。


着替えてくるはずの悠海さんはまだ来ない。

もしかして、母屋からここまでの道のりで行き倒れてる?
さっきの姿が浮かんで笑えてくる。

ほんとに困ってるんだけど、
でも酔っぱらってて、どこか弛緩してる。
そんな感じ。

私を見て、途方に暮れたように「すみません。」を繰り返した。

普段の、のんびりとした笑顔や口調は姿を消して、
違う人のようで、少し痛々しかった。

でも、そのショッキングな姿は、
もうひとつの悠海さんの魅力かもしれない。

ああいうのをセクシーと言うのかもしれない。
いつもいつもにこやかに笑ってるんじゃなくて、
怖い顔とか苦しそうな顔とか・・・・

なにせ、グラビアにも登場しそうなハンサムだから。

その線をプロデュースしてみたいなんて思うのは、
オーナーの影響だろうか。
今度まじめにオーナーに話してみたい。

でも、本人の悠海さんを説得するのは厳しいかもしれない。
こないだなんか、パンフレットの中に入れるプロフィールの写真だって、
「いらない、いらない、写真なんて・・・」と逃げ回った。
オーナーと鬼ごっこの末にやっと撮った一枚だったのだから。

 


繊維の切れ端を無造作に編んだランプシェードが目の前にぶら下がってる。
指ではじいて揺らした。
夜にこの灯りひとつだけ灯したら、
光と影はどんなふうになるんだろう。

ここには、昼と夜ではまた趣が変わりそうな光のオブジェもいっぱいだ。

悠海さん自身も、実はいろんな顔を持っているのかもしれないな。

 

そんなことを思いながら、
密かに気に入っていた椅子に座る。
これも悠海さん作。

糸も木も鉄も、
思いついたらなんでもいじろうとする人。

芸術家のアトリエにお邪魔することはよくあるが、
ここほどワンダーランドでおもちゃ箱な空間は、そうはないと思う。

どれが完成品でどれが未完成なのかもよくわからないオブジェたち、
壁に並ぶだけでは足りなくて、天井からもぶら下がっている。


大きな織機の端に躓いて転びそうになる。
すごい存在感だ。

今度はこの織機もいっしょに展示することになっている。
古い自転車の車輪を改造した糸紡ぎ機も。

悠海さんが実演する時間は、きっと女性ファンが押し寄せるだろうな。


ビジュアルのよさと作品の斬新さで、
現代アートの世界で静かなブームが始まってる。
実際会ってみるとシャイで静かな人なのに。

いや、ファンにとってはそこが魅力なのかもしれない。
仕掛けたのはオーナーだ。


悠海さんが作り出すものは、いろんな表情を持っている。
繊細さ、力強さ、暖かさ、静かさ、カラフルさ・・・
素材も様々で全部違うのに、
集まって並んでると統一感があるのは不思議だ。

前回の個展の空間も、
このアトリエに負けないくらいにおもちゃ箱だった。
大きな男二人が、それはそれは楽しそうにわいわいと、
徹夜で作ったおもちゃ箱。


このおもちゃ箱が居心地いいのはなぜだろう。
空間の中には、なぜかいっぱい椅子やベンチがあって、
うろうろしてるうちに、すごく座ってみたくなる。
座りたくならない人は、たぶんいない。

お気に入りの場所は、なぜかすぐにみつかる。
腰をおろすと不思議にすっぽりしっくり自分の居場所。

眠くなる。
なんでだろう。

個展の時もそうだった。
作品の陰に隠れて居眠りしてる人がいた。
心地よすぎて眠くなる空間。

悠海さんそのものなのかもしれない。

 


コンコン・・と、ガラスを叩く固いちいさな音がした。
悠海さんの影が、自分のアトリエをノックしている。

笑いをこらえながらドアを開けると、
まだ困ったままの顔で、ふらつく体を引きずって中に入った。

「ほんとにごめんなさい。」

そう言いながらソファに直行してドスンと長身を埋めた。

「ふふ・・・。コーヒーを淹れましょうか?」

「いや、僕が・・・」

「いえ、今日は私にさせてください。
悠海さんほどおいしく淹れられないと思いますが、
慣れてはいますから。」

「はい。じゃあ・・・お願いします。」

長い足を投げ出して、だるそうな上半身を背もたれに預けている。
心許ない表情が、いつもよりこの人を若く見せている。

 

悠海さん愛用のミルで豆を挽き、
ドリッパーに入れて、やかんのお湯をゆっくりと回しながら注ぐ。

時折ソファの方を見ると、悠海さんもこっちを見ていて、
何度も目があうたびに、先に目をそらすのは悠海さんだ。

何度目かに、そらしたまま悠海さんが口を開いた。


「桃佳さん。」

「はい。」

「酔った勢いを借りて告白する男のことを、どう思う?」

「・・え?・・・」

「ずっと気持ちを言えないままで、
今日こそと思っていた日に無様に酔っぱらってしまう男のことを。」

「・・・・・」


コーヒーを淹れる手が止まりそうになる。


「桃佳さん・・・・」

「はい。」

「・・・・・」


この沈黙をどうしていいかわからない。
コーヒー淹れなきゃだ。

 

「僕は、あなたが好きだ。」

「・・・・・」

「あなたが好きだ。」

「・・・・・」

機械的にドリップの上に湯を注ぐ。


「あなたが誰を思っていても・・・」


「!!・・・」

 

やかんを持つ手が震えた。

 

「僕はあなたが好きだ。」

 

 


 

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