桃の明くる日 1

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Lusietaの部屋の「春待ち人たち」の中に収録されている
『ゆりかもめが帰る日』から続くストーリーです。

よかったら、そちらから先に読んでみてください。

  ↓こちらから飛べます


春待ち人たち インデックス

 

 

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          1

 
 


「それ・・・ほんとの話?・・」


信号待ちの短い間に、
助手席から切れ長の奥二重を見開いて私をみつめた。

あぁ・・・こんなふうに見られると、
私は今でも顔が熱くなっちゃったりするんだ。


「そうなんです。ひどいでしょ。父はとても変わってるんです。
『桃を過ぎて春が来るって感じでいいじゃないか』って言ったそうで。」


「あぁ、そう聞くとそれもありって気がするけど、
あは・・・でもやっぱり本人はイヤかもな。」


「はい、いちいち名前の由来を聞かれそうでしょ。
でも母がこれだけは譲れないって頑張ったみたいで。
もし『過ぎる』をつけて『桃過』にするなら離婚だからって。
おばあちゃんも、そんなお嫁に行き遅れるような名前にするなら、
親子の縁を切るって。ふふ。」


「おぉ・・・強い母とばあちゃんでよかった。
俺は単純に、桃の季節だから『桃佳』なんだって思ってたよ。
いい名前だなって。
佳の字が、元はそっちだったとはな。」

オーナーはまたこっちを向いて笑った。
目尻が下がって、白い歯が光ってるはずだ。

前を向いているから見えないけど。

 

「あのさ、実は僕もだ。」

「え?・・・」


「桃の節句を一日過ぎて生まれたのは、
実は目の前に、いや、左横にもう一人。」

「もう、とっくに知ってますけど。」

「あは、そうだよな。そうだった。
だけど、なんで去年言わなかったんだよ。
俺だけ菱形のケーキで祝ってもらったじゃないか。
あの一日遅れて安くなったやつで。」

「ふふ。買いに行ったのは私です。」

「そうだったか。
いや・・・そういうの、俺がちゃんと気づいてなきゃな。
スタッフの誕生日を把握してないなんて。
すまん。」

「そんな・・・
オーナーがそんなことで反省なんかしないでくださいよ。」

「いや、反省・・・」

ナビの液晶に手を置いて、お猿の真似をする。

「あは・・・」

こんなオヤジなリアクションが、
この人だと、なんでキュートだなんて思ってしまうんだろう。


「おぉ! 赤だぞ!!」

「わぁ!」


前の車に追突しそうだった。


「頼むよ。帰りは俺いないぞ。
ちゃんと画廊までたどり着いてくれよな。」

「あ、はい。すみません。
大丈夫です。」

「青だぞ。」

「あ、はい。」


『草木画廊』のロゴ入りのワンボックス、
気に入っている。
とても運転しやすい。

前のオーナーの、いかにもって感じの大きな高級車は、
今のオーナーには全く合わない。

ある日街を走っていて、
おしゃれなネーミングのガーデニング屋さんと間違えられた。

そのことをオーナーに話したら、

「そりゃおもしろいなあ。、
なにかガーデニングとコラボできないかなぁ~~。

ギャラリー全部を草木で埋めて、その中に隠し絵みたいに、
いろんなものが置かれていて・・・
いや、違うな・・・
森の中をさまよう迷路があって、そこを・・・
うぅ~ん・・・ターシャ・チューダーのアトリエみたいな・・・」

なんて、すぐそんな話になる。
みんながわいわい話しはじめて、
どこまでも膨らんで収拾つかなくなって、
「おい、桃佳。どこかで止めてくれ。」って。
自分でふくらませたくせに。

あぁ・・・こんなふうだから・・・
片思いが粉々に砕け散ろうがなんだろうが、
やっぱり私はこの人と仕事がしたいんだな。

まあね、こう思えるまでに半年はかかったんだけど・・・

 


「んふ。」

鼻をならして、その人が小さく笑った。

「俺は逆に3日じゃなくてほんとによかったと思ったよ。
ひな祭り生まれの男なんて、絶対からかわれそうだろ。」

「あ、そうですね。」

「じゃあ、こうしよう。
今年はあの菱形のケーキを、俺が買ってこよう。お祝いだ。」

「え・・・ほんとですか?・・・」

「おぅ、売れ残って安くなっちゃった中でも、
特に美しくて風情のあるヤツをみつけてくるよ。」

「どんな風情ですか、それ・・・」

「うん・・・どんなだろ。しかし俺ってつくづく甘党。」


    売れ残って・・・安く・・・ 
    逆に、この無神経さに救われることもあるんだよね。


「じゃあ楽しみにしています。」

「うん。そしてとりあえず、あさって持って帰るのは、
紫芋のちんすこう。」

「はい。ふふ。」


「そうだ。あした智照寺の悠海さんは、
若狭屋の“やき栗“と、
ツマガリの“リリプルコンフェクト”、
和洋のどっちも持ってってくれよな。
大好物だから、絶対待ってるはずだから。」


「あ、はい、大丈夫です。
私も、その時に入れてくださる悠海さんのコーヒーが楽しみです。

「うん、不思議にやき栗もコーヒーに合うんだよな。
あぁ・・・俺もあのコーヒーと一緒に食いたくなってきた。」


「やき栗を?」

「いや、ぜんぶ。」


初めて二人で智照寺へ行った道々、
私は助手席でコチコチに固まっていたっけ。
ずっと顔が熱かったな。


車が駅裏のロータリーに着いた。


「あ、桃佳は降りなくていい。
後ろ、どんどん来てるからすぐ出たほうがいい。
じゃあ、行ってくる。
あとをよろしくな。」

「はい!」


私の目をちゃんと見て頷いたと思ったらすぐに助手席を降りた。
リアドアを開けてキャリーバッグをすばやく取り出し、
手をあげて早く出ろと合図した。

ギヤを変える間にも、待っている車にクラクションでせかされた。
慌ててハンドルを切りながら一瞬振り返ると、見送るまなざしと目があった。


まだ見ててくれた。


なにか合図するまもなく発進した。

ロータリーから出て行く青信号で必要以上に左右を見てノロノロしてると、
また後ろからププッと鳴らされた。

ふと、泣きそうになった。

 


ーーーーー

 

 


知っていた。
鴻さんにに恋人がいることくらい。

最初から片思いだったけど、
やっぱり目の前にその女性を見てしまうとショックなものだ。

「俺の婚約者。
みんな知ってるだろ、梅津先生。
先生の孫で、生まれた時からのイイナズケだ。はは。」


彼女が
「何言ってんのよ? 全然違いますから!」
と慌てても、鴻さんは全然ひるまず、いたずらっぽく笑っただけだった。
でもその目は彼女を守って包んでいた。


    鴻さん、こんな顔するんだ・・・

私はニコニコ顔を保つために必死で口角を上げていた。


あれから半年、
「鴻さん」が「オーナー」と呼ばれる人になってから、
大きな方針転換があった。

それに伴う忙しさは半端じゃなくて、
せっかくの失恋をしっとり満喫する時間なんてなかった。

それになにより、失恋相手と毎日会っているのに、
その相手が繰り出す仕事そのものが、わくわくと楽しすぎた。

あぁ・・・
この憎めなさが憎らしい。
苦笑いで降参するしかないんだ。

だから、失恋したってなんだって、
これからもそばにいてやるぞと思う。

この人が結婚しても、父親になっても・・・
私はそばで仕事して笑ってるんだろう、きっと。

 

 

 


ーーーーーーーー

 

 


国道からそれるとすぐに駐車場がある。
車を止め、急勾配の細いくねくね道を300メートルほど歩いて上がる。

するといきなり視界が開けて、
目の前に手入れの行き届いた庭園とその奥の本堂が迎えてくれる。。

私はこの瞬間が好きだ。

庭は見事に掃き清められ、
いつも何かしら季節の花をつける木があった。

本堂の切り妻屋根の勾配は柔らかく、
観音扉の細かな格子は磨かれている。

訪れる人をその一瞬で受け入れ、
そして奥へといざなう空気。

息を整えながら、その清浄な空気に身を浸すように目を閉じた。

やっと呼吸が穏やかになったところで、本堂に向かって手を合わせると、
右に回ってアトリエに向かう。

 


敷地の端っこに、この寺の副住職、樋川悠海さんが手作りで建てたアトリエがある。
屋根がアーチ型で、かまぼこのような形をしている。

「かまぼこじゃなくて、堂島ロール型がいいな。
僕は鴻よりさらに上を行く甘党なんだ。」

そう言って悠海さんは笑った。
オーナーの高校時代のラグビー部の先輩だ。

世界を旅したのもオーナーと同じだけど、
彼は最後に訪れたガテマラに3年いた。
現地の織物に魅せられて職人の弟子となり、、
帰国の時には巨大な織機を船便で日本に運んだ。

織機の長い船旅を待つ間に、
大勢の仲間が寄って集って祭りのような大工仕事をして、
あっという間にアトリエが建ってしまった。

もちろんオーナーも出かけて行き、
徹夜で壁を貼ったと嬉しそうに話した。

たまに持っていく差し入れを、
みんなが「うまい、うまい」と食べてくれたことを思い出す。


かまぼこ・・・じゃなくて堂島ロールのアトリエは、
その敷地内には全く不似合いな姿を、
本堂から続く住まいの奥にうまく隠して立っていた。

鉄道の枕木が埋まるアプローチを通って、
渋いステンドグラスがはまった年代物のドアをノックする。

取り壊す喫茶店から譲り受けたというこのドアを、
私はとても気に入っていた。


しかし、返事がなかった。


2時に直接アトリエにという約束だった。
今日は、次の個展の打ち合わせだ。
これまで悠海さんが約束に遅れたりすっぽかしたりしたことはなかった。


母屋からパタパタと足音がしたが、
悠海さんのものでないことはすぐに感じた。
お母さんだった。


 

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